「ブルシット・ジョブ」について

いよいよ秋も深まってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。秋と言えば京都ですね!・・・と言いたいところですが、最近、京都を楽しんでいるのは、もっぱら外国人観光客だそうです。

日本文化が世界から高く評価されるきっかけの一つとなったのは、滝川クリステルさんによる東京オリンピック招致プレゼンテーション、いわゆる「お・も・て・な・し」のスピーチだったかもしれません。その中で彼女は、「おもてなしとは、見返りを求めないホスピタリティの精神であり、先祖代々受け継がれながら日本の現代文化にも深く根付いて」いると紹介しました。まさにこの“おもてなしの精神”は、日本人が大切にしてきた美徳であり、社会やビジネスのあらゆる場面で息づいています。

近年、日本社会では「生産性の向上」や「女性活躍の推進」が重要なテーマとして掲げられています。しかし一方で、これらの取り組みは私達が大切にしてきた“おもてなしの精神”と相反する場面も見られます。おもてなしの心は日本の強みであり、世界からも高く評価される文化的価値です。しかし残念なことに、その丁寧さが行き過ぎると、過剰な対応や不要な工程を生み出し、結果として生産性を下げてしまうことがあるのです。

ここで思い出したいのが、「ブルシット・ジョブ(Bullshit Job)」という概念です。これは、アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱したもので、「社会的な意義がなく、働く本人も意味を感じられない仕事」を指します。たとえば、上司をヨイショするためだけに作成された誰も読まない報告書や、いてもいなくても良いアシスタント業務など、誰もが思い当たるような“ムダな仕事”は、世界中の職場に存在しています。

この「ブルシット・ジョブ」は、女性活躍の推進を妨げる要因にもなり得ます。日本の職場では、出勤後にポットにお湯を沸かす、備品を補充するなどの雑務が、なぜか女性の役割とみなされることがあります。「気が利く」「配慮ができる」と評価されたいという思いから、女性自身がそうした業務を自発的に引き受けてしまうケースも少なくありません。しかし、それらは本来、誰が行ってもよい業務であり、女性が自らの専門性や成果を発揮する時間を削ってまで担うべきものではありません。結果として、企業にとっても、個人にとっても大きな機会損失につながっています。

おもてなしの精神は美徳であり日本人の強みですが、その優しさや気づかいが非効率や過剰な業務を生み出す一因となっていないか考え直す時期に来ているのかもしれません。「ブルシット・ジョブ」についてお困りの際はご相談ください。

★関連のオススメ記事:『「その仕事、意味なくない?」~日本版“ブルシット・ジョブ”考』(リクルートワークス研究所)↓↓↓

https://www.works-i.com/research/project/bullshit/imi

  • URLをコピーしました!
目次